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2015.06.29 
服部洋之
クイズ作家
古川 洋平 Youhei Furukawa

1983年、宮城県生まれ。2000年に「アタック25高校生大会」で優勝。立命館大学在学中の2004年から2006年には、新世代による基本問題実力No.1決定戦「abc」で3連覇を果たす。現在はクイズ作家を主軸にしつつも、多くのクイズ番組で名をあげるクイズプレイヤーでもあり、「はじめてのクイズ」など様々なクイズイベントの主催者としても活躍中。

「リアル脱出ゲーム」を中心としたイベントを手がける株式会社SCRAPのイベントスペース「ヒミツキチラボ」。“企画の実験”をテーマに掲げたこの場所で、初心者向けの「はじめてのクイズ」をはじめ様々なイベントを主催している仕掛け人が、クイズ作家の古川洋平だ。クイズプレイヤーとして華々しい戦績を残してきた古川は、なぜ初心者向けのイベントを企画するに至ったのか、その真意を直撃した。
 捨てられなかった
 クイズ作家の道

——先日は「Quiz Japan Party」の司会ありがとうございました。クイズイベントの司会業はもちろん、企画なども手掛ける“古川さんのクイズの原点”からまずはお話をうかがえればと思います。古川さんはどのような経緯でクイズ作家になったのでしょうか?

古川 もともとクイズが好きで作家になるのは昔からの夢だったんです。田中健一さんや日高大介さんのような一流のクイズ作家の人たちが成功されているのを見て、僕もああいうふうになりたいなという憧れがあったんですね。でも、クイズ作家というのは一般的な仕事とは違うじゃないですか。日本に100人もいないような職種なので、そういう仕事に就くっていうのはなかなか勇気がいるなと思って。

 

——そうですね、職業にされている方はあまりいらっしゃらない。

古川 一方で、大学を出て一般企業とか自治体に入って結婚してという人生が普通だよなと勝手に決め付けてたところがあって。だから、クイズ作家になる前に食品会社の営業マンと公務員として働いていた時期があるんです。でも、公務員4年目のときに「このまま、定年を迎えるまでに僕はこうやって生きていくのかなぁ」と思うようになってしまって。

 

——「普通の生き方」が嫌になったということですか?

古川 そうなんですよね。生活は安定してるし、自由な時間も持てるんですけど、それでも続けていたクイズの研究に割く時間が全然足りなくて、普段の仕事でもさして力を発揮するでもなくといった感じだったんですね。それで、早くも定年のことを考えはじめてしまったんです。まだ、20代だったのに。

 

——20代にしてもう、定年のことまで考えてしまったと。

古川 でも、結婚して一年も経ってない時期でしたし、公務員という安定感のある仕事をわざわざ辞めてしまうことに嫁よりも僕のほうが抵抗を感じてて。それでも、踏ん切りがつかなくて悩んでいたら、「やりたいことやりなよ。生活ができなくなったら、生活保護受けてもいいから」と、ケースワーカーとして勤めていて、生活保護の大変さを知っている彼女が背中を押してくれたんです。それがフリーを決意した大きなきっかけですね。これが29歳のとき、去年の1月のことです。ずっとプレイヤーとしての活動がメインでしたが、自分の思うように人生を歩もうと決めて、本当にやりたかったクイズ作家の仕事を本格的に始めました。